最近、GCCに対する想いが薄くなってきた気がする。
と、いうのは、コンピュータを使ってるときに、速度に不満を感じる時というのが、GCCを使っているときであって、ボトルネックがGCCなんじゃないかと、ふと、そう考えてしまうようになった感じ。
GCCの最適化機能が素晴らしいのはわかるんだけど、
- GCCが非常に遅くて他のプログラム全部が結構速い
のと、
- コンパイラが超速くて、他のプログラムが全部若干遅い
のだと、後者のほうが体感速度が速いんじゃないか、と、そんな気がしたとかしないとか。最適化機能があるおかげで、体感速度が下がってる、と、そんな感じが。
というのは非常に間違った見方で、GCCが凄いのは最適化機能だけじゃなくて、
- よりどりみどりのフロントエンド
- というか、Cの警告が親切すぎる
- 大量の対応CPU
- 移植性、安定性ともに非常に高い
とか、そういうあたりは、もはや他のコンパイラの追随を許さないレベルにまでなってるというのも意味が大きいんだよな。
あとは
とかも重要。
けど、PDP-11とかのように見る機会があるかどうかも怪しいようなCPUに対応してるのは嬉しいのかどうかわからないとか、g77とか遊びで起動する以外の状況があるかどうかとか、gcjですらまともに使ったこと無いとか。