私も富裕層になりた〜い!

別に金には困ってないけど。


富裕層かどうかというのが、大半が生まれた時の初期値で決まっているというのがやっぱ悔しいんだよな。もちろん、富裕層の生まれと言っても、本人もそれなりに努力したり悩んだりしてるんだろうから、富裕層に生まれたら勝ち組とは思わないけど。
それでもやっぱりとある個人が社会における存在感、発言力を持ってる主要因が、親から引き継いだコネ・資産だというような人間が一定数いることは、なんらかの社会の歪みみたいなのを感じさせて、理不尽感みたいなのはあるよな。


あと、貧困層と富裕層では、受けられる医療サービスや栄養状態の違いから、生命が危険にさらされるリスクに違いが発生するというのも、理不尽感があるよな。

それが本人の努力の違いならいいんだけど、現実問題として、親の状態の違いから発生していることはそれなりにあって、まあ親の努力が一回引き継がれる程度なら親の努力だからまだ許容範囲としても、それが、3代、4代と引き継がれるというのは、それでいいのか?という気はかなりするよな。


政治家とかもそうなんだけど、ああいう人達も別に人間なんだから、能力が平凡なのはまあ別にいいんだけど(良くないんだけど)能力が平凡、かつ、世襲議員みたいなのだと、「所詮生まれた時の初期値が全てか」、みたいな感は感じちゃうよね〜



そんなことでは良くないよ。一般的な社会正義と照らしあわせても、階層の固定化は社会に閉塞感を発生させて、個人の幸福度を下げるというのは十分考えられることだ。富裕層に生まれたら富裕層、貧困層に生まれたら貧困層、みたいなのは、できる限り是正されるべきだと思う。



じゃあ、さらに再分配を進めるべきか?というと、それも難しいと思う。公平、平等の問題は本質的に矛盾を含みがち。



階層の固定化をうまく是正するためには、個人個人が努力すべきだと思うんだよね。つまり、きちんと能力のある人間が富裕層に這い上がる努力をすべきだと。
そうして、富裕層に生まれたとしても平凡な努力して平凡な悩みを持つだけの平凡な人間は、いつかそれ相応の立場になってしまうと、そういう社会における緊張感を発生させていったほうがいいと思うんだよね。
たとえ初代では、成金と言われようと、きちんと、それを2代3代と引き継いで、由緒ある家系へと育てて、歴史ある名家に生まれたというだけで有利な立場に生まれた人間を叩き落していくべきだと思うね。


つまり、俺が富裕層になりたいと思うのは、社会正義の心の発露であり、つまり、その程度の心の持ちようで、つまり、「今の日本の一番クリティカルな点は、少子化、人口減少だから俺ももっと子供生むべきだ」と思ってるのと同じようなレベルの心の発露である。(つまり、実際は何の努力もしてない)