(別に何か特定の事象について言及するわけではないけど、追い詰められてるけどやること無いので適当なことを書くと)


会社の愚痴を言うのはまあいいと思うのだが、そういう時、「自分は、コード書ければ十分だ」とかではない思考をしているというのを認識すべきだと思う。


「細かいことはどうでもいいから、エンジニアとして生きていきたい」的な意見はよく見るけど、そうではない、つまり、仕事において、もっと上位レベルで改善したいことがあるし、他の人にもっとうまく動いて欲しいと思っているし、自分の作業について自己満足で終わるのではなく他人に認められて褒めてほしいという願望を持っている、というのを、ちゃんと認識すべきだと思う。(まあそういうのも含めてエンジニアという見方もできるけど…)

(俺の脳内では)似たような問題に、何故日本のエンジニアは「自分はすごい能力を持っている」と言わないで、「エンジニアの立場を改善しろ」という主張をするのか謎という問題がある。

みんな、もっと、「俺は有能だから認めろ」とか主張してもいいと思うけど。

有能だと主張する人間が本当に有能かどうかを判断するのは、比較的低コストに実現できるけど、自分が無能だと言ってる人間から、長所を探すのはすごいコストだから、実利的なメリットもあると思うのだよね。

どのへんが似たような問題なのかというと

「エンジニアの待遇を改善しろ」っていう主張は、「いい感じのアプリケーションを作ってくれ」みたいなあいまい要求と同じような問題で、まあ、その人の気分を的確に表現しているけど、言われた側は困るというような。


つまり、SEの問題の本質として、「結局何をどうしたいのかよくわからない」という問題が、開発する対象にも発生しているし、自分自身の待遇問題についても発生していて、

  1. エンジニアに「いい感じアプリケーションを作ってくれ」みたいなあいまい要求を投げる
  2. エンジニアにフラストレーションが溜まる
  3. エンジニアが「待遇を改善しろ」みたいなあいまい要求をさらに上位に投げる

というように、エンジニアがあいまい要求変換器みたいな挙動をしているという構造が好き。